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津地方裁判所 昭和52年(行ウ)4号 判決

三重県四日市市尾平町三二四八

原告

佐藤太蔵

右訴訟代理人弁護士

川嶋富士雄

同市西浦二丁目二番八号

被告

四日市税務署長

高木孝一

右指定代理人

山野井勇作

北河登

小山均

押田熙

結城正典

北川拓

蓑毛荒

山本正一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が原告に対し、昭和五〇年一二月二日付でした原告の同四八年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定を取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求原因

1 原告は、昭和四八年一月二〇日、訴外安達六一(以下、安達という。)と、原告が一年以上保有していた固定資産である別紙物件目録(一)記載の土地(以下、甲地という。)と安達が一年以上保有していた固定資産である同目録(二)記載の土地(以下、乙地という。)との交換契約を締結し、甲、乙両地についてそれぞれ交換を登記原因とする移転登記をした。

2 原告は被告に対し、右交換は所得税法五八条一項に規定する固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例に該当するものとして、昭和四八年分の所得税の確定申告に際し、分離長期譲渡所得金額を零、納付すべき税額を零として申告した。

3 しかるに、被告は原告に対し、昭和五〇年一二月二日、前記交換は原告と不動産業者である近畿商事こと黒木実(以下、黒木という。)との間において、交換差金七七〇万円の授受と共になされたもので右同条に該当しないという理由で、原告の同四八年分の所得税額を二七二万五八〇〇円に更正(以下、本件更正という。)し、過少申告加算税額一三万六二〇〇円を賦課する処分(以下、両者を併せて本件更正処分という。)をした。

4 原告は被告に対し、本件更正等処分について、昭和五一年二月一日、異議申立をしたが、三か月を経過しても異議申立について決定がないため、国税不服審判所長に対し審査請求をなしたところ、同審判所長は、同五二年四月八日付をもって右審査請求を棄却する決定をし、同年五月二七日にその旨原告に通知した。

5 しかしながら、本件更正は前記のとおり甲地と乙地につき原告と安達との間において等価交換されたものを、原告と黒木との間で交換差金七七〇万円の授受を共になされたものとの誤った事実認定に基づき原告の所得を過大に認定したうえなされたものであるから違法であり、したがってまた本件更正を前提としてなされた本件過少申告加算税の賦課処分も違法である。

よって、原告は本件更正等処分の取消しを求める。

二 請求原因に対する認否

請求原因1の事実のうち甲、乙両地の登記簿に答記原因をそれぞれ交換する記がなされていることは認め、その余の事実は否認する。同2ないし4の各事実はいずれも認める。同5は争う。

三 被告の主張

1 原告は黒木に対し、昭和四八年一月二〇日、原告所有の甲地を譲渡し、これと交換に同人から同人の「たな卸資産」(所得税法二条一項一六号)である乙地を取得したうえ、交換差金七七〇万円を取得した。

2 この経緯は次のとおりである。

(一) 黒木は近畿商事という名称で不動産業を営んでいたが、訴外株式会社地上社(以下、地上社という。)の依頼を受けて、昭和四七年ころから三重県四日市市尾平地区の土地約三万坪(第一次買収分約二万五〇〇〇坪、第二次買収分約五〇〇〇坪)の買収を行なった。

(二) 原告が所有していた甲地は右尾平地区にあり、右第二次買収地域の中心部に位置していたが、黒木が原告に対し、訴外高木広行(以下、高木という。)を介して甲地の買収交渉を開始したころには、甲地の周辺部の買収はほとんど終了していた。

(三) 原告は、黒木からの右買収交渉に対し、当初売却を拒んでいたが、交渉の過程で坪三万円という価額を提示し、これに対し黒木が高値にすぎるとして難色を示したところ、何回かの交渉のすえ甲地周辺が大半買収され、甲地が黒木の買収地の中に取り残されてしまっていることもあって、原告は高木に対し、坪二万三〇〇〇円及び替え地を提供することという条件を提示した。

(四) そこで高木は、黒木の了解をえたうえ、替え地を物色していたが、安達所有の乙地が売りに出ていることを知り、同人と交渉の結果、乙地を一三〇〇万円で譲受ける内諾をえて、原告に対し乙地を見せたところ、原告は乙地を替え地とすることを承諾した。ここにおいて、原告と黒木との間に、甲地を二〇七〇万円(坪二万三〇〇〇円×九〇〇坪)とし、乙地を一三〇〇万円とし、差額七七〇万円を黒木が原告に対し支払う旨の契約が成立した。

なお、黒木は地上社に対し、第二次買収分については坪一万八〇〇〇円で売却することになっていたが、甲地を欠いてしまうと既に買収していた分の開発も不可能となるため、債務不履行責任を追及されるおそれがあり、甲地の買収については採算を度外視(もっとも第二次買収分全体で計算すると利益を生ずる。)してこれをなしたのである。

(五) 黒木は原告に対し、昭和四八年一月二〇日午前九時過ぎころ、高木を介して七七〇万円を支払い、原告は同人に対し移転登記に必要な権利証等を渡した。

なお、原告は黒木に対し、かねて高木を介して右金員の授受については領収書等を発行しないこと及び登記簿上甲地と乙地との交換とすることを申し入れ、同人もこれを了承してそのように処理された。

3 右交換が原告主張の所得税法五八条に該当しないことは次のとおり明らかである。

(一) 黒木は不動産業者であるから、同人が安達から取得した乙地は黒木のたな卸資産(同法二条一項一六号)となるため、同法五八条規定の固定資産の交換にはならない。

(二) 黒木は甲地と交換するために安達から乙地を取得し、取得した日に原告に譲渡しているから、同法五八条規定の一年以上の保有がないばかりか交換のために取得したと認められるものに該当する。

(三) 甲地の価額は二〇七〇万円であり、右黒木が取得した乙地の価額との差額が七七〇万円となるから、同法五八条二項規定の差額による制限である二〇七〇万円の一〇〇分の二〇に相当する金額をこえている。

4 以上のとおりであるから、原告の昭和四八年度の長期譲渡所得の金額は次のとおり一八三八万円となる。

即ち、原告の右年度の総収入金額は、乙地の価額が一二七〇万円(前記のとおり一三〇〇万円であったが、その後三〇万円値引きされた。)であり、交換差金が七七〇万円であるから合計二〇四〇万円となる。ところで、原告は昭和二七年一二月三一日以前からひき続き甲地を所有していたから、甲地の取得費は租税特別措置法三一条の二第一項(昭和四八年四月二二日法律第一六号)により右総収入金額の一〇〇分の五に相当する一〇二万円であり、また、同法三一条によって長期譲渡所得の特別控除額が一〇〇万円となるから、右の一〇二万円及び一〇〇万円を右総収入金額から控除した一八三八万円が原告の同四八年度の長期譲渡取得となる。したがって、これに対する課税関係は別表のとおりである。

以上のとおりであるから、本件更正等処分は適法である。

四 被告の主張に対する認否及び反論

1 近畿商事こと黒木が不動産業者であることは認めるが、その余はすべて否認する。

2(一) 原告は高木及び訴外清水善助(以下、清水という。)に対し、前記安達との間で甲、乙両地の等価による交換契約をなすことを委任した。

ところが、高木及び清水は不動産業を営む黒木と謀って、同人の脱税工作に右交換契約を利用することを企てた。そして、高木及び清水は原告から右交換に必要な甲地の権利証等を受け取ると、原告に無断で黒木と安達間に乙地について売買契約を締結したうえ、原告と黒木との間に甲、乙両地の交換契約が成立し、黒木は原告に対し、右交換契約の交換差金として七七〇万円を支払ったかのように帳簿等を工作した。

こうすることによって、黒木は安達に対する乙地の売買代金一二七〇万円及び原告に対する甲地の交換差金七七〇万円をそれぞれ黒木の営む不動産業の経費として控除対象とし、さらに原告に対する乙地の譲渡も黒木のたな卸資産の譲渡として課税対象から除外されることを企てたのである。

(二) しかしながら、原告は黒木とは全く面識がないばかりか、右交換差金の授受についても全く関知していないから、たとえ黒木らが、脱税工作のために安達と乙地の売買契約等をしていたとしても、それは原告の全くあずかり知らぬことであり、原告にとってはあくまでも高木らに安達との等価交換契約を締結することを委任し、原告所有の一三五〇万円(坪一万五〇〇〇円×九〇〇〇坪)の甲地と安達所有の一三三六万八〇〇〇円(坪一万二〇〇〇円×一一四坪)の乙地とをそれぞれ適正な価額で等価交換したことになる。

(三) しかるに、被告は黒木の前記脱税工作を信用して事実を誤認したうえ本件更正等処分をしたのである。

第三証拠

一 原告

1 甲第一号証の一ないし四、第二号証の一・二、第三号証の一ないし九、同号証の一〇の一・二、同号証の一一ないし一五、第四号証

2 証人佐藤要、同高木広行(第二回)

3 乙第一ないしは第四号証の成立は原本の存在共不知。第五号証の成立は認める。第六号証の成立は原本の存在共認める。第七・八号証の各一・二は平松作成の領収部分の成立は不知、その余は原本の存在共認める。第九号証の一・二は岩本作成の領収部分の成立は不知、その余は原本の存在共認める。

二 被告

1 乙第一ないし第六号証、第七ないし第九号証の各一・二

2 証人高木広行(第一回)、同清水善助、同杉本敏子、原告本人

3 甲号各証の成立はいずれも認める(第三号証の二ないし九、同号証の一〇の一・二、同号証の一一ないしは一五は原本の存在共認める。)。

理由

一  請求原因2ないし4の各事実及び同1の事実中甲、乙両地につき、それぞれ原告主張のとおり、原告と安達との間の交換を原因とする移転登記がなされていることならびに近畿商事こと黒木が不動産業者であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  前記争いのない事実に、証人杉本敏子の証言により原本の存在及び成立共認められる乙第二号証、同高木広行の証言(第一回)により原本の存在及び成立共認められる乙第三、四号証、証人高木広行(第一、二回)、同清水善助及び同杉本敏子の各証言を総合すると次の事実を認めることができる。

1  黒木は昭和四五、六年ころ、近畿商事という名称で不動産業を営んでいたが、そのころ地上社から依頼を受けて、甲地周辺の土地の買収を始めた。右買収計画は、当初甲地の東側部分(第一次買収分)だけであったところ、その後甲地を含む西側部分(第二次買収分)にも拡張された。

2  黒木は昭和四七年一二月ころ、近畿商事で営業部門を受持っていた高木を担当者(使者)として甲地の買収にかかった。これに対し、原告は、当初、甲地を売却する意思はなく、そのころ周辺地が坪一万五〇〇〇円前後で買収されていたにもかかわらず坪三万円という価額を提示したりしていたが、高木が原告の近所に住む清水を伴って度々交渉に訪れた結果、原告は高木に対し甲地を坪二万三〇〇〇円の評価で売却するが、甲地の替え地を提供して欲しいという条件を示した。黒木は当時、甲地周辺の土地をおおむね坪一万五〇〇〇円位で買収し、地上社に対し坪一万八〇〇〇円で売却することとしていたから、甲地を坪二万三〇〇〇円の評価で買収すると坪当り五〇〇〇円の損失となるが、甲地は買収予定地の中央寄りに位置しているので、これを欠けば買収後行なわれる宅地開発に支障を来たし、ひいては黒木自身が地上社から債務不履行責任を追及されかねなかったため、右損失は甲地以外の買収地全体の転売利益で補填しうるものであったところからあえて、原告の右要求を受け入れることにした。

原告が替え地を要求したのは甲地の売却に伴う税金対策上からであり、甲地と替え地とを等価交換したことにすれば甲地の売却による譲渡所得税の支払いを免れうるものと考えたためである。そのため、原告は黒木に対し、替え地により生じる差額金の受領についても領収書等を交付しないことを申し入れたりした。

3  高木は原告の要求する替え地を物色中、翌四八年一月に入り安達所有の乙地が売りに出ていることを知り、黒木にはかったうえ、安達から乙地を一三〇〇万円で譲受ける内諾をえて原告に見せたところ、原告も乙地を替え地とすることを承諾したため、原告及び黒木間において、甲、乙両地の価額をそれぞれ二〇七〇万円及び一三〇〇万円とし、黒木は甲地の替え地として乙地を原告に提供し、かつ交換差金七七〇万円を支払うことになった。

4  そこで、高木は昭和四八年一月二〇日、黒木方において原告及び安達に支払う七七〇万円及び一三〇〇万円を受け取り、清水と共にただちに原告方に赴き甲地の移転登記に必要な権利書及び委任状等を受け取るのと引換えに七七〇万円を支払い、ついで安達方に赴き代金として一二七〇万円(現金一括払いということで約定代金一三〇〇万円のところ安達により三〇万円が値引された。)を支払って乙地を買受け、登記に必要な書類を受け取り右権利書等を用いて即日甲、乙両地の登記簿に原告及び安達相互間の交換を登記原因とする移転登記を済ませた。

甲第一三号証の一四、一五証人佐藤要の証言及び原告本人尋問の結果中原告の主張にそいて右認定に反する部分は三に詳述するとおり採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  証人佐藤要の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告と高木及び清水との間では原告と安達との甲、乙両地の等価交換の話だけがなされ、差額金を支払うという話は全くなかったというのであり、さらに右佐藤の証言によると、右等価交換の話がでたのは、原告は高木からの甲地買収を当初拒んでいたが、周辺地がすでに買収されてしまっていたため先行きどうなるか不安であったので、等価交換なら応じてもよいということから始まったもので、甲地ははじめ坪一万二〇〇〇円という価額が提示されたが、最終的には一万四〇〇〇円となったから、一二六〇万円(坪一万四〇〇〇円×九〇〇坪)となり、乙地は坪一万一〇〇〇円で一二二四万三〇〇〇円(坪一万一〇〇〇円×一一一三坪)であるからほぼ見合うということで右等価交換を行なうということになったというのである。

しかしながら、他方証人佐藤要の証言によれば、原告は本件に先立ち、甲地周辺にあった同人の妻名義の共有地を息子である同証人の決するところにより他の共有者と共に坪一万五〇〇〇円で売却しているところ、さきに認定のとおりの事情にあって甲地周辺の買収を行なっいてる黒木にとり甲地の買収は必要欠くべからざるものであるのに対して、甲地を処分する差迫った事情もなく、いわば売り手として優位にある原告らが甲地を右の坪一万五〇〇〇円という単位よりも安く評価されたうえ、前記のとおり甲地一二六〇万円、乙地一二二四万三〇〇〇円(ちなみに弁論の全趣旨によれば、甲地は市街化区域であり、乙地は同調整区域である。)とさらに原告が損をするが如き価額での交換に応じるというのはいかにも不自然であって、同証人が供述するような事情をもってするだけでは納得し難いものといわねばならず、また証人杉本敏子の証言及び前記乙第二ないし第四号証並びに弁論の全趣旨に照らしても、前記証人佐藤要の証言及び原告本人尋問の結果はたやすくこれを採用できないというべきである。

四  前記二で認定の事実関係によれば、原告所有にかかる甲地の黒木に対する譲渡は所得税法五八条一項に該当しないことは明らかであり、原告の昭和四八年度の長期譲渡所得の金額は被告の主張4にあるとおり一八三八万円であると認められ、また別表にあるとおりこれによって算出される年税額は二七二万五〇〇〇円であり、これに対する過少申告加算税額が一三万六二〇〇円であることもまた関係法規に照らし明らかである。

五  以上の次第で、本件更正等処分には原告主張の如き違法はなく、いずれも適法であって本訴請求は理由がない。

よって訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野精 裁判官 川原誠 裁判官 秋武憲一)

(別紙)

物件目録(一)

三重県四日市市尾平町字谷田三七七〇番

一 山林 二九七一平方メートル

(以上)

物件目録(二)

三重県四日市市上海老町一九〇〇番

一 山林 一三七五平方メートル

同町一九〇〇番の一

一 山林 一〇九〇平方メートル

同町一九〇一番

一 山林林 一二一三平方メートル

(以上)

別表

〈省略〉

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